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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3729号 判決 1995年12月08日

原告

森田輝男

右訴訟代理人弁護士

海地清幸

衛藤二男

被告

東京都

右代表者知事

青島幸男

右訴訟代理人弁護士

樋口嘉男

右指定代理人

伊藤一夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、九一六九万〇六〇〇円及びこれに対する平成六年二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、公園事業用地として被告に売却した土地の代替地を被告から買い受けたところ、右代替地の地中にタール分を含んだレンガやコンクリート等の構造物が埋設されていたため、原告においてビル建設を行うに際して右埋設物を撤去しなければならなかったことについて、被告には、右代替地の売買契約に際して、同地の地中埋設物を調査及び撤去する義務があったのに、十分な調査及び撤去をせずに右埋設物を残存させたとして債務不履行に基づいて、また、仮に債務不履行が認められないとしても、右埋設物は原告が買い受けた右代替地の「隠れたる瑕疵」にあたるとして瑕疵担保責任に基づいて、被告に対し、右埋設物の撤去に要した費用について損害賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、被告に対し、東京都市計画木場公園事業用地として、昭和六〇年二月二一日、原告所有の東京都江東区平野四丁目一番六(宅地 3643.06平方メートル(実測 3639.50平方メートル))及び右同所二番六(宅地 651.12平方メートル(実測 651.66平方メートル))の各土地を代金合計一五億五〇三〇万八七七三円で売却した(以下、右各土地を合わせて「本件買収用地」といい、右各売買契約を合わせて「本件用地買収契約」という。)。

2  原告は、本件買収用地の代替地として、被告から、同年七月八日、東京都江東区千石一丁目五番一三(宅地 833.23平方メートル)の土地を代金三億五八二八万八九〇〇円で、昭和六一年三月三日、東京都江東区猿江二丁目六番三(宅地 1984.85平方メートル)の土地(以下「本件土地」という。)を代金九億五一一四万〇一二〇円でそれぞれ買い受けた(以下、右各売買契約を合わせて「本件代替地売買契約」という。)。

3  本件土地は、かつて訴外株式会社銀座ベーカリーの工場(以下「銀ビス工場」という。)が存在したところであり、被告は、本件代替地売買契約に先立ち、本件土地について、地中埋設物の調査及び撤去を行い(以下、右調査を「本件調査」といい、右調査及び撤去を「本件調査及び撤去」という。)、その後、整地して原告に引き渡した(甲二八の一ないし八、同四四、乙三の一及び二、同四の一及び二、同五、同六の一ないし一二、同七、証人加固久美子、同橋本晃並びに弁論の全趣旨)。

4  原告は、昭和六一年七月ころ、本件土地にレストラン(構造・鉄骨造スレート葺二階建、床面積・一階211.36平方メートル、二階189.67平方メートル)(以下「本件レストラン」という。)を建築し、昭和六二年四月一五日から営業を開始した(右建物の敷地以外は、駐車場として使用した。)。その後、平成四年六月下旬ころ、本件レストランを解体し、地上一一階建の訴外学校法人順天堂大学医学部附属病院看護婦寮(以下「本件看護婦寮」という。)の建設工事を開始したところ、後記5項の地中埋設物(以下「本件埋設物」という。)を発見した(原告本人及び弁論の全趣旨)。

5  本件埋設物は、コールタールを含んだレンガやコンクリート等及びその下部に埋めこまれた相当数の松杭であり、建物の基礎部分にあたる構造物である。本件埋設物は、本件土地のほぼ全域に存在し、浅いところでは地表から約0.4メートル、深いところでは地表から約4.5メートルの深さから存在し、そのレンガやコンクリート等の厚さは、薄いところで0.5メートル、厚いところでは4.4メートル程に達し、その下部の松杭は長さ約3.5メートルであった(甲一九、同二〇の一ないし一五八、同三三の一ないし七、同三四、証人佐藤政昭(第一、二回)、原告本人及び弁論の全趣旨)。

三  争点

1  被告の責任原因

(一) 債務不履行責任

(1) 被告は、本件土地の地中埋設物の調査及び撤去義務を負っていたか。

(原告の主張)

昭和六〇年二月二一日、訴外故荒井秀夫弁護士(以下「訴外荒井」という。)は、原告の代理人として、本件用地買収契約の締結に際して、本件土地が約二〇〇〇平方メートルもの広さを有し、銀ビス工場の跡地で、しかも、右工場の煙突のあった場所であることから、その基礎等の地中埋設物の存在を懸念し、被告南部公園緑地事務所用地課の訴外秋田悦廣及び同梅津耕一(以下、両名を合わせて「訴外秋田ら」という。)に対して、地中埋設物の調査及び撤去を要求した。訴外秋田らは、これを承諾し、被告南部公園事務所工事課に本件土地の地中埋設物の調査及び撤去を依頼した。したがって、原告と被告とは、本件土地の地中埋設物の調査及び撤去することを内容とする契約を締結したのであるから、被告は、本件土地の地中埋設物の調査及び撤去義務を負っていた。

仮に右合意がなかったとしても、本件土地は、隣接地に高層建物が存在していることから、当然高層建物の敷地として利用されることが予想されること、被告は、本件土地に銀ビス工場が存在していたことを知っていたのみならず、地中埋設物の存在を心配した原告から本件土地の地中埋設物について調査及び撤去を依頼されていたこと、本件埋設物を撤去するのに九一六九万〇六〇〇円の費用を要するのであるから、原告が仮に本件埋設物の存在を知っていれば、本件用地買収契約にも応じていなかったことは明らかであること等に鑑みると、被告は、売買契約上の義務として、信義則上、売買目的地について地中埋設物のために建物建築に支障をきたすことのないよう地中埋設物の調査及び撤去をすべき義務を負っていたといわなければならない。

(被告の主張)

被告は、原告との間で、本件土地の地中埋設物の調査及び撤去の意をしたことはない。当時、代替地の売払については、代替地全般について地中埋設物の調査及び撤去を行っていたのであり、本件調査及び撤去は、その一環として行われたのであって、原告の要求に基づいて行われたものではない。

(2) 本件調査及び撤去が債務不履行(不完全履行)にあたるか。

(原告の主張)

本件土地は、もともと軟弱な地盤であり、周辺には高層建物が存在していることから、当然高層建物の建築が予想され、しかも、事前に地中埋設物の存在が予想されたのであるから、地中埋設物の調査としては、四ないし五か所を、三ないし四メートルの深さで試し堀りをして行うのが通常である。しかも、被告は、本件調査において、地下3.1メートルの位置にレンガ、鉄筋コンクリート及びタール等の存在を知ったのであるから、その余の部分についても同様な埋設物の存在が予想された。したがって、被告は、少なくとも、本件土地全体について3.1メートルの深さで地中を調査する義務を負っていた。

しかし、被告は、本件調査において、約1.5メートルの深さで、しかも、本件土地の全面積の半分程度の面積しか掘削せず、発見した埋設物についても除去不可能であるとして埋め戻していることからすると、前述の調査及び撤去義務に違反していることは明らかであり、債務不履行にあたる。

また、被告が掘削調査の深さを約1.5メートルとしたのは土木工学的にみて山止めの必要がないからであるとする理由も、本件のように地盤が崩壊するおそれのないときや周囲の状況からみて安全上支障のないときは、1.5メートルの制限を設ける必要はなく、しかも、被告は、実際に山止めなしに3.1メートルの深さまで掘削している部分もあるのであるから、その理由はあたらない。

(被告の主張)

被告は、本件調査及び撤去において、山止めをせずに掘削できる1.5メートルの深さの範囲で、本件土地の全面を掘削して調査し、発見した埋設物についてすべて撤去した。

ところで、被告の行う用地買収と代替地売払を伴う公共事業において、代替地は、移転先の入手困難な公共事業施行地区内の土地所有者等に対し、その生活再建措置として、従前の生活規模の確保を助成するために売り払われるものであって、従前の土地の利用形態に見合った利用を想定しているのであるから、仮に、被告が本件土地の地中埋設物の調査及び撤去義務を負っていたとしても、埋設物の調査及び撤去は、従前の生活規模が確保でき、通常の使用が可能な程度に行えば足りる。そして、原告は、本件土地取得以前に本件買収用地において駐車場を経営していたことを考えると、本件調査及び撤去は、債務不履行にあたらない。

なお、本件埋設物は、その規模、構造及び発見場所等からみて、銀ビス工場の残置物件ではなく、それ以前に存在した訴外東京ガス株式会社(以下「訴外東京ガス」という。)が設置したコールタール関連の地下構造物の残置物件と推定されるのであって、原告が銀ビス工場の跡地であることからその地下埋設物を心配して撤去を依頼したのであれば、本件埋設物は調査及び撤去の対象物件ではなくなり、この意味からも債務不履行はないことになる。

(二) 瑕疵担保責任について

(1) 本件埋設物は、「隠れたる瑕疵」にあたるか。

(原告の主張)

土地上に建物を建築する場合について支障となる質・量の異物が地中に存在するために、その土地の外見から通常予想され得る地盤の整備・改良の程度を超える特別の異物除去工事等を必要とする場合には、宅地として通常有すべき性状を備えないものとして土地の「瑕疵」にあたるというべきであるところ、本件土地は、場所、面積及び付近の土地の利用状況からすると、当然高層建物の建築が予想されていると考えられ、高層建物の建築には、本件埋設物を除去する必要があって、その除去のために通常よりも多額の費用を要したのであるから、本件土地は、通常有すべき性状を備えていないというべきであり、したがって、本件埋設物は、「瑕疵」にあたる。

そして、原告は、昭和六一年末ころ、地中埋設物の撤去が完了したということで、整地済みの本件土地の引渡を受けたのであって、地中埋設物は存在しないと思っていたのであるから、本件埋設物は、「隠れたる瑕疵」にあたる。

(被告の主張)

一般に売買では、宅地はその地上に建築基準法等によって許容される建物を通常用いられるような工法により建築することが可能な限り、その性状に欠けるところはないというべきであるところ、本件では、原告は、昭和六一年七月ころ、本件土地上に鉄骨造二階建の本件レストランを建築して、五年余りも支障なく使用しており、その後、目的どおりに同土地上に地上一一階建の高層建物を建設しているのであるから、同土地は、建物敷地として使用することに支障をきたすものではないのであって、一般の土地取引上、宅地として通常有すべき性状に欠けるところはないといえる。したがって、本件埋設物は、「瑕疵」にあたらない。

(2) 本件代替地売買契約において、原告と被告は、瑕疵担保責任免除の合意をしたか。

(被告の主張)

本件代替地売買契約の契約書(甲三の一)には、隠れた瑕疵又は瑕疵によって生じた損害については、被告は担保の責に任じない旨の特約が付されており(五条二項)、これについては、本件代替地売買契約を締結する際に、被告の契約担当者である訴外朝生照雄(以下「訴外朝生」という。)が、原告に対し、将来、地下に支障物件が発見され、それについて撤去が必要になった場合は、その費用は原告において負担することになる旨を説明し、原告もそれに同意したのであるから、瑕疵担保責任免除の合意がなされた。

(原告の主張)

原告は、被告から瑕疵担保責任免除特約についての説明を受けておらず、しかも、本件用地買収契約と本件代替地売買契約については、いずれも被告作成の印刷された契約書が使用されていたため、両者とも同じ内容と思っていたところ、本件用地買収契約には瑕疵担保責任の免除特約はなかったので、本件代替地売買契約にもその特約はないものと思って契約を締結した。

仮に、訴外朝生が瑕疵担保責任の免除特約について説明したとしても、それは、被告に判明している範囲の地中埋設物をすべて除去していることを前提に行われたのであって、実際は除去できない埋設物を埋め戻したのであるから、右説明は、虚偽の事実に基づく説明であって、説明したとはいえない。

(3) 瑕疵担保責任免除特約は無効であるか、あるいは、被告が右免除特約を主張することは信義則に反して許されないか。

(原告の主張)

被告の行う用地買収契約と代替地売買契約は一体のものとして交渉され、代替地提供を含んだ協議の成立後に用地買収契約等の事務手続が行われ、代替地の売払面積は買収代金の範囲内とされること等からみても、両者が一体であることは明らかであり、本件においても、原告は、代替地提供を条件として用地買収交渉に応じたのである。このように、一体である本件用地買収契約と本件代替地売買契約について、一方にのみ瑕疵担保責任免除特約を付すのは著しく公平を欠くものといえる。しかも、本件代替地売買契約は、原告が、被告の都市計画という行政目的を達成させるために協力してなした用地買収に伴う代替地の売買契約であるのに、本件代替地売買契約においてのみ瑕疵担保責任を免除するのは、原告の犠牲の下に行政を行うことにもなる。

したがって、右瑕疵担保責任免除特約は、不合理かつ不公平で、著しく信義に反するものであるから無効である。

また、被告は、用地買収に伴って代替地売買契約を締結する場合は、相手方を問わず、また、売却するに至った理由を問わず、契約書に瑕疵担保責任の免除特約を入れているのであって、これは単なる例文規定と解すべきである。

仮に無効でないとしても、右瑕疵担保責任免除特約は、前述のとおり不合理かつ不公平であり、しかも、本件では、原告が地中埋設物の存在を心配してその調査及び撤去を被告に依頼したこと、本件調査及び撤去が不十分であり、特に、タール及びタールの付着した構造物を除去不可能として埋め戻していること、原告は、本件埋設物を撤去するのに二か月半の期間及び九一六九万〇六〇〇円の費用を要したこと、原告は、仮に本件埋設物の存在を知っていれば、本件用地買収契約も締結しなかったであろうこと、本件代替地売買契約の際は、被告の地中埋設物の撤去作業が継続しており、原告が引渡を受けられる状態ではなかったこと、本件買収用地については瑕疵がないのに、本件土地にのみ本件埋設物のような大きな瑕疵があったこと等からすれば、被告がこの特約を主張することは、信義則に反し許されない。

(被告の主張)

代替地の売払は、金銭補償の例外として、事業用地所有者らの中で、移転先地の入手が困難であると認められた者に対し、生活再建の措置として行われるものであって、関係人すべてが売払対象者となるものではない。本件代替地売買契約は、本件用地買収契約とは日時も異なっており、代替地の提供を買収の条件としているものではなく、独立した法律行為であり、金銭の支払及び土地の引渡も別個に行われたのであるから、本件用地買収契約と本件代替地売買契約とが一体であると解することはできない。

瑕疵担保責任を定める規定は、強行規定ではなく、当事者間の特約によりその責任を排除することができるのが原則で、国や地方公共団体が売主の場合の売買契約では、隠れた瑕疵があっても、瑕疵担保責任を負わない旨の特約を定めているのが通常である。

したがって、本件代替地売買契約における瑕疵担保責任免除特約は有効である。

また、訴外朝生は、原告に対し、本件代替地売買契約の際に、瑕疵担保責任免除特約について十分な説明を行い、原告の了解を得たのであり、被告は、本件調査及び撤去により発見した埋設物はすべて撤去し、その費用として当時としては高額の合計一三五七万円を要した。しかも、原告の主張する本件埋設物の撤去費用は、二九億円を超える本件看護婦寮の工事代金に比較して必ずしも著しく高額であるとはいえない上、原告は、本件土地を取得した後、買戻特約期間の五年が経過するまで、本件レストランを建設して本件土地を支障なく使用し、その後、自らの判断で、本件レストランを取り壊して、従来の利用形態及び規模を大きく超える本件看護婦寮を建築した。

以上の事実からすれば、被告が瑕疵担保責任の免除特約を主張することは何ら信義則に反しない。

(4) 民法五七二条の適用について、被告は、本件埋設物の存在を知っていたか、あるいはその存在を知らなかったことについて重過失があったか。

(原告の主張)

土地に関して、その地中埋設物の存在を知っていたというには、当該土地の全域について地中埋設物の存在を知る必要はなく、当該土地の一部についてその存在を知っていれば足りる。

ところで、被告は、本件土地の地中埋設物の調査をして、タール及びタールの付着した構造物を発見したが、除去不可能であるとして埋め戻しているのであるから、本件埋設物(一部)を知っていたことになる。

仮に、知らなかったとしても、被告は、本件土地が銀ビス工場の跡地であったことを知っており、かつ、本件調査及び撤去中に地下3.1メートルにレンガ、鉄筋コンクリート及びタールが存在することを知ったのであるから、その余の部分についても、同様の埋設物の存在を容易に予測し得たのに、その部分について調査を怠ったのであって、悪意と同視し得べき重大な過失がある。

したがって、被告は、民法五七二条により瑕疵担保責任を免れない。

(被告の主張)

被告は、本件調査及び撤去により発見した鉄筋コンクリートとレンガの建築物の土台と思われる埋設物についてはすべて撤去したのであって、本件埋設物の存在については全く認識していなかった。

本件埋設物は、八〇年程前に訴外東京ガスが設置したコールタール関連の地下構造物であると推定され、被告が撤去した埋設物とは異なる物であることからすると、被告がそのような地中埋設物を予想することは不可能であった。

2  損害額

(原告の主張)

原告は、本件埋設物の撤去を訴外大成建設株式会社に発注し、右撤去の監理を訴外株式会社段建築事務所に委任し、その撤去作業に、大成建設株式会社分八七三三万三七〇〇円(撤去費用八四七九万円(別紙一覧表のとおり)、消費税二五四万三七〇〇円)及び株式会社段建築事務所分四三五万六九〇〇円(監理報酬四二三万円、消費税一二万六九〇〇円)の合計九一六九万〇六〇〇円を要した。

そして、原告は、右金員を本件看護婦寮完成時の平成六年一月末日限り、右訴外人らに支払うことを約束し、被告に対しては、予め、平成五年一月八日付通知書により、撤去費用を支払うよう請求し、右通知書は、同月一一日に到達した。

第三  争点に対する判断

一  まず、争点1(被告の責任原因)のうち債務不履行について検討する。

1  被告は、本件土地の地中埋設物の調査及び撤去義務を負っていたか。

(一) 証拠(甲八、同九の一、同一七、同一八、同二二、同二四の一及び二、証人橋本晃、原告本人並びに弁論の全趣旨)によれば、原告が、本件土地を取得するに至った経緯について、以下の事実が認められる。

(1) 被告は、都立木場公園建設にあたり、その公園用地の取得を昭和五二年度末から着手し、昭和五三年八月ころ、用地買収対象者に対する代替地アンケートを行った。右公園敷地の予定地内に本件買収用地を所有していた原告は、被告に対して、代替地の提供を申し込み、昭和五四年に代替地についての仮審査が終了した。

(2) その後、原告は、被告との間で、昭和六〇年一月ころから本件用地買収の具体的な交渉を行い、同年二月二一日、本件用地買収契約を締結し、昭和六一年一月二一日に本件土地の代替地買受申込を行い、同年三月三日に同土地の売買契約を締結した。

(3) 原告は、本件土地が銀ビス工場の跡地であったことから地中埋設物が存在するかもしれないことを懸念し、訴外荒井に対し、被告に同土地の地中埋設物を確認してもらうよう依頼、訴外荒井は、右依頼を受けて、昭和六〇年二月二一日に本件用地買収契約を締結する際に、訴外秋田らに対して、同土地の地中埋設物について話をしたところ、右秋田らから上司に相談する旨の回答を受けた。

(4) その後、本件土地の地中埋設物の調査及び撤去について被告から具体的な話はなかったが、被告は、同年七月ころから本件調査及び撤去を開始した。

以上の事実が認められる。

(二) 原告は、「本件土地の地中埋設物の調査及び撤去を要求し、訴外秋田らはこれを承諾し、原告と被告とは、本件土地の地中埋設物を調査及び撤去することを内容とする契約を締結した。」と主張し、原告本人尋問の結果中には、右主張事実に沿うような供述部分もあるが、前記認定事実に照らすと、右供述部分はにわかには信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠もないから、本件土地の地中埋設物を調査及び撤去することを内容とする契約を締結したとは認められない。

(三) ところで、証拠(甲四七の一ないし五、乙一三)によれば、公共事業の施行に伴う損失補償の一環としての代替地売払は、移転先の入手が困難な者に対して、生活再建のための措置としてなされるものであること、公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱(昭和三七年六月二九日閣議決定)には、建物等の移転料等については、通常妥当と認められる移転先に通常妥当と認められる移転方法によって移転するのに要する費用を補償すると規定されていることが認められ、右認定事実に鑑みると、右代替地の売払は、代替地取得者に従前の土地の使用形態を維持させることが求められているのであって、被告としては、代替地を従前の土地の使用形態が維持できるような状態に整備する必要があると解される。

(四) 前記認定のとおり、被告は、原告から本件土地の地中埋設物についての話を受けており、前記認定事実に照らすと、同土地の売買契約時には、同土地に地中埋設物が存在する可能性を相当程度の確率で予想していたことが推認でき、しかも、同土地が銀ビス工場の跡地であったとの話であることからすれば、その地中埋設物も工場の残置物件としてかなり大規模な物件であることは予想し得たと推認できる。その上、右(三)のとおり、被告としては、原告に対し、従前の土地の使用形態を維持し得るような状態で本件土地を引き渡すことが必要であったのであるから、以上の諸点を総合的に考慮すると、右のような事実関係の下においては、原告と被告との間で本件土地の地中埋設物の調査及び撤去を行う契約が成立したものとまでは認められないものの、被告には、信義則上、本件土地の売買契約に付随する義務として、原告に対して地中埋設物の存在の可能性があることを説明して原告の了解を得るか、あるいは、従前の土地の使用形態に見合った利用に支障がないよう、地中埋設物を調査して支障のある埋設物については除去する義務を負っていたと解するのが相当である。

本件では、原告の方から被告に対し、本件土地の地中埋設物を撤去して欲しい旨要求していたのであるから、被告は、従前の土地の使用形態に見合った利用に支障がないよう、本件土地の地中埋設物を調査して支障のある埋設物については除去する義務を負っていたというべきである。

2  本件調査及び撤去が債務不履行(不完全履行)にあたるか。

(一) 被告は、昭和六〇年七月ころから、本件調査及び撤去を行っているが、証拠(甲四四、乙三の一及び二、同四の一及び二、同五、同六の一ないし一二、同七、同八、証人加固久美子、同橋本晃並びに弁論の全趣旨)によれば、被告は、本件調査において、本件土地の概ね全域について掘削したところ、同土地北西部分に、深さ一メートル程の七本の梁状の物体と、縦約一八メートル、横約五メートル、深さ約3.1メートルのレンガ及び鉄筋コンクリートの構造物を、同土地の南半分一面(本件土地の全面積の約三分の二に相当する。)には、幅平均約3.5メートル、深さ平均約一メートルの鉄筋コンクリートの梁状の物体が格子状に存在しているのを発見したこと、右埋設物を一旦埋め戻し、同年九月二二日から、右埋設物の撤去作業を行い、同年一二月一六日までに撤去作業を完了させたこと、右撤去作業によって、発見された地中埋設物については全部取り除いたが、右構造物を破壊する際に排出されたコールタールについては、除去不可能であったことから埋め戻したこと、以上の事実が認められる。

被告は、「右調査において、本件土地の全域を1.5メートルの深さで掘削して調査した。」と主張するが、本件埋設物は、本件土地の北東側部分において、地表から1.5メートルの深さよりも浅いところからも発見されており、甲四四には、調査の際に掘削した土の量が四六六立方メートルであるとうかがわれる記載部分があることからすると、被告が本件土地の全域(約二〇〇〇平方メートル)を1.5メートルの深さで掘削して調査したかどうかについては疑わしい点もある。この点について、原告は、「被告は、本件土地の半分程度の面積しか掘削しなかった。」と主張し、甲四二及び同四三の一ないし六には、本件調査が行われた昭和六〇年当時と本件埋設物が発見された平成四年当時で本件土地の地表面に変化のない旨の記載部分がある。しかし、本件調査において発見された埋設物は、本件土地の北西側及び南側一面であることからすると、原告の右主張は採用することはできない。また、本件調査及び撤去によって相当量の埋設物が撤去されていること、本件土地については、本件埋設物の発見前に二階建の本件レストランが建設され、建物以外の部分は駐車場として利用されていたこと、本件埋設物は、本件レストランの解体後に本件看護婦寮を建築する際に発見されたこと、その時期は、本件調査時から約七年間が経過していたこと等の事実関係に照らすと、本件土地の地表面が右七年間に何らかの原因で変化した可能性も否定できない。更に、四六六立方メートルと掘削量が少ないことについても、証拠(証人橋本晃)によれば、被告は、掘削中に埋設物を発見した場合は、その埋設物の大きさ及び深さが判明する程度に掘削しただけであることが認められることからすると、右掘削量も不自然とはいえない。

なお、本件埋設物は、本件調査及び撤去の時点で撤去された埋設物の下部からも発見されているところ、証拠(甲一九、証人佐藤政昭(第一、二回))によれば、本件埋設物については、上部が一部切断された形跡はうかがわれないことが認められることからすると、本件調査及び撤去により撤去された埋設物と本件埋設物とは、一定の間隔を置いて埋設されており、二重構造になっていたものと推認される。

以上の諸点を総合すれば、被告の本件土地全面を1.5メートルの深さで掘削した旨の主張をそのまま採用することはできないが、被告は、埋設物を発見した部分についてはその構造が分かる程度に、それ以外の部分についてもおおよそ一メートルないし1.5メートル程度の深さまで掘削して調査したと認めることができ、それに反する原告の主張も採用することはできない。

また、原告は、「発見した埋設物について、除去不可能として埋め戻した。」と主張し、訴外東京ガスが作成した「がす資料館年報No.10」と題する書籍(甲二八の一ないし八)には、昭和六〇年七月ころ、被告が本件土地付近を掘削したことに関し、「掘り進むにつれて、地下に充満しているタールとそのタールにまみれた巨大な構造物に都は代替地造成を断念し、埋戻すにいたった。」との記載部分がある。しかし、証拠(乙九及び同一〇)によれば、右書籍は、本件調査及び撤去に関わった者が作成したものではないことが認められる上、前記のとおり、被告は、昭和六〇年七月ころに本件調査を行った後、一旦埋設物を埋め戻し、同年九月ころから撤去を行ったのであるから、右記載は、本件調査時のみについての記載であるとも考えられるのであるから、右書籍だけでは原告の右主張事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の右主張は採用できない。

(二) 前記説示のとおり、本件土地に関する被告の義務は、従前の土地の使用形態に見合った利用する場合に、支障がないように地中埋設物を調査し、支障のある埋設物については除去することを内容とすると解するのが相当であるところ、証拠(甲二一の一ないし三、原告本人及び弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件買収用地において、駐車場を経営していたこと、本件レストランの基礎部分は、約一メートルの深さであったところ、右基礎工事の際には、何ら支障がなかったことが認められ、また、前記のとおり、原告は、本件土地取得後、昭和六一年七月ころ本件レストランを建築して翌六二年四月ころから営業を始めたが、本件レストランを解体して本件看護婦寮の建設工事を開始した平成四年六月下旬ころまで、何ら支障なく本件土地を使用していたことをも考え合わせると、前記認定に係る本件調査及び撤去の方法は、その義務に違反したものとは認められず、債務不履行にはあたらないといわざるを得ない。

なお、コールタールについては除去不可能として埋め戻されているが、前記のとおり、その後の本件レストランの建築及び営業に何ら支障がなかったことからすれば、右埋戻の事実をもって、債務不履行にあたるとは認められない。

二  次に、争点1(被告の責任原因)のうち瑕疵担保責任について検討する。

1  本件埋設物が「隠れたる瑕疵」にあたるか。

(一) 前記のとおり、本件埋設物は、コールタールを含んだレンガやコンクリート等及びその下部に埋めこまれた相当数の松杭であって、同土地のほぼ全域に存在し、浅いところでは地表から約0.4メートル、深いところでは地表から約4.5メートルの深さから存在し、そのレンガやコンクリート等の厚さは、薄いところで0.5メートル、厚いところでは4.4メートル程に達し、その下部の松杭は長さ約3.5メートルであったことが認められる。

そして、証拠(甲二〇の一ないし一五八、同二七、同五一の一ないし六、同五二及び乙六の一ないし一二)によれば、本件土地の南隣はイトーピア住吉マンション(一四階建)で、北東隣は訴外株式会社アサヒペンの本社ビル(八階建)であって、道路を隔てた北側は訴外東京ガスの支社等の建物(五階建)及び同深川体育館等の建物(八階建)がある等、本件土地周辺には、中高層建物が存在していることが認められ、右事実からすると、本件土地は、高層建物が建築されることも客観的に十分予想される土地であるというべきである。

また、前記本件埋設物の存在場所及び程度からすれば、本件土地に中高層建物を建築するには、本件埋設物を除去しなければ、基礎工事ができない状態にあると認められ、かつ、本件埋設物の程度からすれば、その除去工事には相当多額の撤去費用を要し、その費用は通常の高層建物を建築するに際して要する基礎工事の費用よりも相当高額になるものと推認される。

したがって、そのような地中埋設物が存在する本件土地は、高層建物が建築される可能性のある土地として通常有すべき性状を備えないものといえるから、本件埋設物は「瑕疵」にあたるといわなければならない。

被告は、「原告は、昭和六一年七月ころに本件土地上に本件レストランを建築して、五年余りも支障なく使用しており、また、目的どおりに同土地上に地上一一階建の高層建物を建築しているのであるから、本件埋設物は「瑕疵」にあたらない。」と主張するが、代替地売払の趣旨と当該土地の通常有すべき性状とは区別して考えるべきであるから、右被告の主張は採用できない。

(二) 前記のとおり、被告は、本件調査及び撤去により発見した埋設物をすべて除去し、原告は、その後整地された状態で本件土地の引渡を受けたのであり、また、証拠(原告本人及び弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件調査及び撤去により、本件土地には地中に埋設物が存在しないであろうと思っていたと認められるから、本件埋設物は、容易に認識し得る状況にはなかったといえる。したがって、本件埋設物は、「隠れたる瑕疵」にあたる。

2  本件代替地売買契約において、原告と被告は、瑕疵担保責任を免除する合意をしたか。

証拠(甲二の一、同三の一、証人朝生照雄、原告本人及び弁論の全趣旨)によれば、被告建設局用地部管理課移転係の訴外朝生は、昭和六一年三月三日、被告用地部内において、原告と本件土地の売買契約を締結するに際して、原告に対し、売買契約書(甲三の一)の各条項を一条項ずつ説明し、特に右契約書の五条二項について、被告に分かる範囲の埋設物はすべて除去しているが、分からなかったものについては、責任を取れず買主の負担になる旨を説明したこと、原告は、その説明を受けた上で契約を締結したことが認められるから、原告と被告との間で、瑕疵担保責任免除の合意をしたことが認められる。

原告は、「被告から瑕疵担保責任免除特約についての説明はなく、本件用地買収契約と本件代替地売買契約について、いずれも被告作成の印刷された契約書が使用されていたため、両者とも同じ内容のものと思っていたところ、本件用地買収契約には瑕疵担保責任の免除特約はなかったので、本件代替地売買契約にもその特約はないものと思った。」と主張し、原告本人尋問の結果中にもこれに符合する供述部分があるが、右認定事実に照らし、右供述部分は信用できず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠もないから、右主張は採用できない。

また、原告は、「仮に、瑕疵担保責任免除特約の説明があったとしても、それは、被告に判明している範囲の地中埋設物をすべて除去していることを前提に行われたのであって、実際は除去できない埋設物は埋め戻したのであるから、虚偽の事実に基づく説明であって、説明したとはいえない。」と主張するが、前記認定のとおり、被告は、発見した埋設物をすべて除去したのであるから、この主張も採用できない。

3  瑕疵担保責任免除特約は無効か、あるいは、被告が右免除特約を主張することは信義則に反するか。

原告は、「被告の行う用地買収契約と代替地売買契約は一体であり、その一方の代替地売買契約にのみ瑕疵担保責任免除特約を付すのは著しく公平を欠き、信義則に反するものであって無効である。被告は、所有地の売却の場合にすべて瑕疵担保責任の免除特約を付しているのであるから、かかる瑕疵担保責任の免除特約は、単なる例文規定である。仮に無効でないとしても、本件で被告が瑕疵担保責任免除特約を主張することは、信義則に反し許されない。」と主張する。

しかし、前記のとおり、代替地売払は、公共事業の施行に伴う損失補償の一環である生活再建のための措置として、移転先の入手が困難な者に対してなされるものであって、本件用地買収契約と本件代替地売買契約とは別個の契約であり、しかも、原告は、本件土地の売買契約の締結の際に、訴外朝生から、瑕疵担保責任の免除特約の説明を受けた上で右売買契約を締結しているのであるから、前記瑕疵担保責任免除特約は無効とは認められず、また、叙上認定の事実関係の下においては、被告が右特約の存在を主張することも信義則に反するとは認められない。

したがって、原告の右主張は採用できない。

4  民法五七二条の適用について、被告は、本件埋設物の存在を知っていたか、あるいは、その存在を知らなかったことについて重過失があったか。

前記認定の事実関係、殊に、被告は、本件調査及び撤去により発見した埋設物をすべて除去していること、本件埋設物と被告の撤去した埋設物は二重構造になっていること等に鑑みると、未だ被告が本件埋設物を知っていたとは認め難く、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。また、被告に本件埋設物を知らないことにつき重過失がある場合に、民法五七二条が適用あるいは類推適用されるかはさておき、前記認定の事実関係からすれば、被告に原告主張の重過失も認められない。

第四  結論

以上の次第で、原告の主張に係る被告の責任はすべて認められないから、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がないので棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官飯田敏彦 裁判官田中治 裁判官井上直哉)

別紙一覧表<省略>

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